【高校時代】坂本勇人は無名だった?巨人がドラフト1位で指名した経緯ややんちゃと言われた理由とは

読売ジャイアンツの第19代キャプテンの
坂本勇人選手。

2016年にセントラル・リーグの
遊撃手史上初の首位打者に輝く等
数々のタイトルを獲得しています。

そんな坂本選手が
青森の光星学院高校で
どんな高校時代を過ごしていたのか
調べてみました。

坂本勇人の高校時代の成績は?

兵庫県伊丹市出身の坂本選手は、
青森県の光星学院高等学校(現八戸学院光星)
野球留学をしていました。

1年生の秋からショートのレギュラーとして出場して
高校通算39本塁打を放っています。

甲子園には3年の選抜大会で出場し、
プロ注目右腕であった関西高校の
ダースロマシュ匡(元北海道日本ハムファイターズ)投手から
3安打を記録しています。

しかし甲子園の出場は1回だけで、
全国での知名度は低いものでした。

坂本勇人出身の高校は有名選手多数排出校だった!

出身校の光星学院は坂本選手を筆頭に
多くのプロ野球選手を輩出しています。

夏の甲子園で準優勝した2012年の
3番キャッチャーに田村龍弘(現千葉ロッテマリーンズ)選手

4番ショートには北條史也(現阪神タイガース)選手がいました。

特に田村選手は、2016年にベストナインの
タイトルを獲得する等
プロの世界でレギュラーとして活躍しています。

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坂本勇人が巨人にドラフト1位で入った理由は?

2006年の高校生ドラフト会議にて
坂本選手は巨人に1位指名されます。

その陰には1人の人物が大きく関わっています。

当時巨人のスカウトをしていた
大森剛氏(現巨人国際部課長)です。

大森氏は坂本選手が高校1年生の時から
センスと雰囲気あふれるプレーに注目していました。

当時ショートのレギュラーだった
二岡氏の後継者を探していたチーム事情に
合致する選手だと一目惚れしたそうです。

スカウトの中でも評価が分かれる坂本選手について、
ドラフト会議の直前に当時の上司から
「お前が言うセンスと雰囲気って何だ」
と問われた大森氏は

「似た背格好の選手を100人集め、
全員真っ白なユニホームを着させて練習させても
『あれが坂本』と誰でも見分けることが出来ます。

どこにいても一目で分かる。それがセンスと雰囲気です」

引用:スポーツ報知

と答え、堂上直倫(現中日ドラゴンズ)選手の
外れ1位での指名となりました。

坂本選手が巨人に1位指名される裏には
彼を熱心に追いかけ、必要な選手だと
球団に訴え続けた大森氏の存在がありました。

ちなみに阪神の岡田元監督は解説で
「先に指名されてしまった」と
話していました。

やんちゃで有名だった坂本勇人の高校で起こした行動とは?

そんな坂本選手ですが、高校1年生の冬にひと騒動を起こしています。

地元の兵庫から遠い青森の地で
金沢監督(現明秀学園日立高校監督)の厳しい指導を受ける中、
年末年始の帰省後に
鼻と耳にピアスをつけて監督に
「野球をやめたい」と言いました。

金沢監督は荷物をまとめるように命じて
飛行機に乗せて大阪に着くまでの間に
坂本選手の親に電話をしました。

「絶対やめさせませんから。あいつの友だちに言うてください。

『勇人は野球でしか身が立たへんのに、お前らと遊んで、
お前らにあこがれて帰ってしまう。

はたしてそれでいいのか? 友だちなら野球やめるなと言ってくれ』と」

引用:Sportsnavi

友だちが説得をし、キャプテンが何度も電話をして
坂本選手は青森に戻ってきて
野球に打ち込むようになりました。

この出来事がなければ、
プロ野球の世界に坂本勇人の名はなかったかもしれません。

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坂本勇人は高校時代から才能のある選手だった!

騒動のあと改心をして野球に向き合った坂本選手。

入学した時からプロに行くだろうと金沢監督は確信していました。

  • 180cm以上の上背があって体格に恵まれていたこと
  • バットコントロールが巧みであったこと
  • 身のこなしの良さ
  • 動作の柔らかさ
  • ハンドリングの良さ
  • スローイングの良さ

坂本選手はプロ野球選手になれる才能を
高校時代から持ち合わせていたのですね。

まとめ

いかがでしたか。

坂本勇人選手の高校時代について
まとめました。

  • 青森県の光星学院高等学校(現八戸学院光星)へ
    野球留学をしていた。
  • 様々な記録を残しながらも甲子園出場は1回、
    知名度はあまり高くなかった。
  • 当時巨人のスカウトをしていた
    大森剛氏(現巨人国際部課長)に目をかけられ
    外れドラフト1位で巨人に入団。
  • 高校1年の冬、厳しい練習に嫌気がさし、
    鼻と耳にピアスをして
    野球を辞めようとした事があった。

このような事が分かりました。

やんちゃな面を見せながらも
持っていた才能を磨いた
坂本選手の高校時代。

信じ続けた恩師と追いかけ続けたスカウトによって
今の坂本選手の活躍があるのですね。

プロ野球史上最年少の2,000本安打に挑む
坂本選手の今後の活躍から
目が離せませんね。

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