【全文】イチロー引退会見をまとめてみた!心に響く名言が多々生まれる

2019年3月21日。

マリナーズのイチロー選手が引退を表明しました。

東京ドームで行われた開幕シリーズ第2段の
アスレチック戦に先発出場。

4打数無安打で交代となりました。

この交代シーンも良かったですよねー!

試合後イチローの引退会見が行われ、
数々の名言が生まれています!

全てが胸に突き刺さるお言葉!!

そこでイチローの会見を全文まとめてみました。

目次

イチロー引退会見全文

言葉尻やニュアンスが、
少し異なったり変になってしまっているところが
あると思います…

聴きながら書いたので、
申し訳ありません…

    「現役生活に終止符を打ち、引退することになりました。最後にこの(マリナーズの)ユニフォームを着て、この日を迎えられたことを、大変幸せに感じております。この28年を振り返るには、あまりにも長い時間だったので、ここで一つ一つ振り返ることが難しいのもあって、ここではこれまで応援していただいた方々への思い、そして球団関係者、チームメイトに感謝を申し上げて、皆様からの質問があれば、出来る限りお答えしたいという風に思っています」

現役に終止符を打ったタイミング理由は?

タイミングは、キャンプ終盤。
日本に戻ってくる何日前か…はっきりお伝えできないが終盤に入った時。

もともと日本でプレイするところまでが、契約上の予定だった。

キャンプ終盤でも結果が出せず覆すことができなかった。

後悔は?

今日の、あの球場でのできごと…。あんなものみせられたら、後悔などあろうはずがありません。

もちろん、もっとできたことはあると思うが、
結果を出すために自分なりに積み重ねてきたこと。

人よりも頑張ったとはとても言えないが、自分なりに頑張ったとははっきり言える。

これを重ねてきて、重ねることでしか後悔をうまないということはできないのではないかと思う。

子どもたちへメッセージ

メッセージ、苦手なんだよなー。野球だけでなくても良い。
自分が熱中できるものをみつけて、それにエネルギーを注げる。
そういうものを見つけてほしい。

それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていける。
それが見つからないと壁が出てくると諦めてしまう。

色々なことにトライして。向くか向かないかではなく好きなものを。

ファンについて

日本のファンの方の熱量は難しいが久しぶりの東京ドーム。
印象として日本の方って表現することが苦手という印象があったが完全に覆った。

内側にある熱い想いがある。それを表現したときの迫力は想像できなかった。
これは最も特別な瞬間になった。

ある時までは自分のためにプレーすることがチームのためになるし、
見てくれる人も喜んでくれるかなと思っていた。

NYに行った辺りから人に喜んでもらえることが一番の喜びに。
ファンの方々の存在無くしては自分のエネルギーは全く生まれない。

イチロー選手が貫いたもの、貫けたものは?

野球のことを愛したこと。これは変わることはなかったですね。
おかしなこと行ってます僕?大丈夫?w

子供の頃からプロ野球選手になるのが夢。

最初の2年、18・19歳の頃は1軍に行ったり来たり?あれおかしい?いかなかった?どうやっていったらいいんだ?
一軍にいったり?二軍に行ったり?それが正しいか?そういう感じ?w

仰木監督と出会ってレギュラーで使っていただいた。
この年までだった。楽しかったのは。1994から番付挙げられちゃってしんどかった。
力以上の評価をされるのはとても苦しい。
そこからは純粋に楽しいということは…。

やりがい、達成感、満足感を味わうことはあったが楽しいかと言うと違う。
そういう時間を過ごしてきて、将来はまた楽しい野球をやりたいな。

プロ野球選手になりたいという夢が叶うと、
そうじゃない野球を夢見る自分が存在した。

でも中途半端にプロ野球生活を過ごした人間には待っていないもの。

草野球に対して、やっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、
草野球を楽しむことはできないのではないか。これからはそういう野球をやってみたい。
おかしなこといってます?w大丈夫?

もっと早く終わってもおかしくなかった。今この状況が信じられない。
神戸の球場で寒い時期に練習するので、凹むんですよね。心折れるんですよ。

でも仲間に支えられてやってきたけど、
最後は今まで自分なりに訓練を重ねてきた神戸でひっそりと終わるのかなと、あの当時想像していた。
夢みたいこんなの。これも大きなギフト。

僕からのギフトはないですw

誰かの思いを背負ということはそれなりに重い。
そうやって一打席一打席立つことは簡単ではない。すごく疲れました。

やっぱり一本ヒットを打ちたかったし、応えたかった。

僕にも感情は意外とあるんですよw
結果出して最後を迎えられたら良いなと思っていたが、
それでもあんなふうに球場に(試合後もファンが)残ってくれて…。

死んでもいいと思う気持ちはこういうときなのかなと思います。死なないけど。

日本の球界に戻る考えはなかった?

なかったですね。

なぜ日本球界に戻ろうと思わなかった?

それはここでは言えないな。
最低50歳までと思ってましたし有言不実行の男になってしまったが、
その表現をしてこなかったらここまでできなかったという思いもある。

言葉にすること難しいかもしれないが、
言葉にして表現することは目標に近づく一つの方法だと思う。

これからどう過ごす?

今はわからない。多分、明日もトレーニングはすると思う。
じっとしてられないから。動き回ってますよ。ゆっくりしたいと思わない。動き回ってます。

生き様はよくわからないが、生き方は…。
人より頑張ることなんてとてもできない。あくまでも測りは自分のなかにある。

自分なりに測りをつかいながら限界をちょっと超えることを繰り返す。
いつの日かこんな自分になっているんだという状態。
少しずつの積み重ねでしか自分を超えていけない。

一気に高みに行こうとすると、ギャップが有りすぎて続けていけない。
地道に進むしかない。後退しながら、あるときは後退しかない時期もある。
自分がやると決めたことを信じてやっていく。
でもそれが正解とは限らない。間違えをつづけることもある。
でも遠回りすることでしか本当の自分に出会えない。

自分なりに積み重ねたことを…。ゲーム後のファンの方の気持ちかな。
それを見た時に。そんなところ見ていただいていたのかな。
そうだとすれば嬉しい。そうじゃなくても嬉しい。

監督?タレントになる?

表記、カタカナのイチローってどうなんだろうね。
元イチローって変だよねwイチローだし。

監督は絶対無理。これは絶対がつく。
人望がない。人望がないんですよw

小学生や中学生、高校生だったり(指導)には
興味がありますよ。
人望あると思いますよ?

それぐらいの判断能力はあるので。
プロの選手、プロの世界というよりも、
アマチュアとプロの壁がどうしても特殊な形で存在している。

そういうルールってどうなんだろ。
自分に子どもがいたとして、高校生であるとすると教えられなかったりというルール。

引退はいつも頭にあった?

引退よりもクビになるんじゃないかと。
NY行ってから、毎日思ってた。マイアミでも。
まいにちそんなメンタリティで過ごしていた。

クビになるときは、まさにその時だろうと思っていた。
しょっちゅうあった。

引退を決意した理由は?

マリナーズ以外に行く気持ちがなかったのが大きい。
去年シアトルに戻って本当に嬉しかった。

ベンチ戻る際、菊池雄星が号泣。

号泣中の号泣。笑ってしまったw

菊池雄星との会話、どんな話をした?

それはプライベートなんでw
二人の会話だから僕からわ言わない。
僕から言うなんて馬鹿でしょ。絶対信頼されないw

アメリカのファンは?

最初は厳しかったですよ。1年目は日本に帰れと厳しかった。

結果を残した後は言葉でなく行動で示したときの敬意に関しては迫力があった。
認めてもらった後はすごく近くなる印象。
がっちり関係が出来上がる印象。

シアトルのファンとはそれができた、僕の勝手な印象ですけど。

ニューヨークというのは厳しい場所でした。ただやればどのエリアよりも熱い場所。

マイアミという場所はラテンの文化が強い場所で、
圧はそれほどないですが、結果を残して行かないと人は決して来てくれない。

その土地に特徴があって本当にアメリカという土地は広いな思った。

最後はセーフコ・フィールドでなくて申し訳ない気持ちはあります

常にクビになるかもという思いがあったと。
ユニークなTシャツ“もう限界”“もうマヂ無理”などの言葉に込めれらてた意味は?

言うと、急に野暮ったくなるでしょw

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから言わないw

支えてきた弓子夫人と愛犬への言葉

頑張ってくれましたね。一番頑張ってくれたと思う。

僕はアメリカで結局3089本のヒットを打ったのですが、
妻はおよそ、僕はゲームの前に妻の握ったおにぎりは2800ぐらい。
これは3000いきたかったです。3000個握らせてあげたかった。

僕はゆっくりしたくないですが、妻にはゆっくりしてほしい。

今年で18歳になるというしば犬なんですが、
流石におじいちゃんになってきてフラフラなんですけど懸命。

それを見てると自分もがんばらないといけないと思う。

2001年に生まれて我が家にきが、
まさか自分が現役を終えるまで一緒に過ごせると思ってなかったので、これは考え深い。

妻といっきゅうには本当に感謝の思いしかないですね。

打席内での感覚の変化は?

「それいる?」「裏で話すわ、裏で!」

ポスティング移籍、WBC参加…。決断が多かった中、いままで一番考え抜いた決断は。

順番つけられない。それぞれが一番。
アメリカでプレイするために、今とは違うポスティングシステムだった。
球団からの了承がないといけない。

その時に誰をこちら側…敵味方みたいでおかしいが、
球団にいる誰かを口説かないといけない。説得しないといけなかった。
そのときに、一番に浮かんだのが仰木監督。
何年か前からアメリカでプレイしたいと思っていた。

仰木監督なら美味しいご飯とお酒をのませたらうまくいくかとおもったら、
まんまとうまく行った。

これがなかったら何も始まらなかった。
口説く相手に仰木監督を選んだのは大きかった。

お酒の力をまざまざと見た。シャレた人だった。
仰木監督から学んだものは計り知れない。

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開幕戦と第1回WBC決勝の日付が一緒

言われて初めて気づいたw

一番我慢してきたこと

我慢することが苦手。やりたいことを積み重ねてきた。我慢の感覚がない。

とにかく身体を動かしたくて仕方がない。
身体を動かすことを我慢することはたくさんあった。

それ以外はなるべくストレスが無いように行動してきたつもり。

家では妻が色々考えて作ってくれますけど、ロードに出るとめちゃくちゃ、
我慢できないからそういうことになってっちゃう。

今言われたことの趣旨の我慢はなかったです。

何かおかしなこと言ってます?爆笑

台湾の皆さんに伝えたいこと(台湾の記者)

チェンが元気か知りたいですね。チームメイトだったんで。
元気ですか?ならよかったです。

今のところ予定にないですが、
以前に一度行ったことがありますが、心が優しい印象でした。

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菊池雄星と大谷翔平に伝えたいこと

ちゃんとやれよという思いですね。短い時間でしたが、すごくいい子。

色々な選手を見てきたが左投手の先発って変わっている子が多い。
天才肌が多いという言い方もできるw
こんなにいい子いるのかなという感じ。

キャンプ地から日本へ飛行機移動で、
雄星、おれたちどうする?と。

さしがにジャージはだめだろって2人で話をしていた。

中はセットアップ キャンプ地を立つときはジャージのセットUP菊池雄星と
「やっぱメジャーリーガーこれじゃだめだよな!」って話をしていたが、
羽田着いたら雄星はジャージだった。やっぱり左投手だから?w

翔平は怪我を治して。大谷はスケールが大きいですが、
あのサイズで機敏な動きができる人はいませんから。
世界一の選手にならないといけないですよ。

野球の魅力とは?これからの野球をどう見るべきか

団体競技なんですけど、個人競技、それが面白いところ。

チームが勝てば良いというわけではなくて、
個人としても結果を残さねいと生きていけない。

本来はチームとして勝っていればクオリティが保ててると思われますが、
実際はそうでない厳しい部分。同じ瞬間はないということ。これは飽きがこない。

2001年にアメリカに来た時と比べて野球は変わった。
頭を使わなくてもできる野球になりつつあると思う。

本来は…だめだこれ言うと問題になりそう、頭使わなきゃできない競技。

そうじゃなくなっているのがどうも気持ち悪い。
発祥国アメリカがそうなっている。危機感持つ人は多いと思う。

日本の野球がアメリカに通じる必要はない。
日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしい。

アメリカはその流れ(頭を使わなくなる野球になること)は変わらない。
日本はそれを大切にしてほしい。

デビューも引退試合もアスレチック戦だった。最初の試合とかで思い出すことなどは

長い質問に対して失礼ですが、ないですねw

プロ野球選手として成功して何を得たか?

成功かどうかはわからない。
どこからが成功なにか僕には判断できない。
だから成功という言葉は僕は嫌い。

メジャーや新しい世界に挑戦するのは勇気がいるが、
成功すると思うから行く行かないという判断基準では、後悔を生むと思う。

やりたいならやってみればいい。
できると思うから挑戦するのではなく、
やりたいと思えば挑戦すれば良い。
そうすれば結果に後悔はないと思う。

基本的にはやりたいと思うことに向かって行きたい。

こんなものかなという感覚。
それは200本もっと打ちたかったですしできると思ったし、、
1年目にチームは〜勝、2年目も〜勝、
勝つことは難しくないと3年で思っていたが、
勝つことは難しくてこの感覚を得たことですね。

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神戸への思い。恩返ししたい?

神戸は特別な街。僕にとって。恩返しか…。
恩返しって、何ですかね?

選手として続けることかなと思い、できるだけ続けることかなと思ったこともあった。

恩返し…税金を少しでも払えるようにがんばります

育成制度に対して提言はあるか?

メジャーに挑戦しやすい制度、日本に残ろうと思える制度は考える?

制度に関して詳しくないが、日本で基礎をつくる、
MLBで将来活躍をするという礎と考えるなら出来るだけ早くと思うが、
日本の野球で鍛えられることはたくさんある。

制度だけに目を向けるのはフェアじゃない。

基本的な基礎な動きはメジャーリーグより、
中学生レベルのほうがうまい可能性がある。

日本の野球はチームの連携、言わなくてもできることもある。
(アメリカは)個人としてのポテンシャルは高いが、そこには苦しんで諦めた。

大谷はどんなメジャーリーガー担っていくと思う?

それは占い師に聞いてもらわないと…。

二刀流やるならワンシーズンはピッチャー。ワンシーズンは打者とか。
ピッチャー20勝するシーズン、次に50HRでMVPとったら化物。

そう想像させてくれる。その二刀流は面白いと思う。

野球選手じゃない自分想像できる?

違う野球選手になってますよ。
あれ、この話さっきしましたよね?お腹へってきて集中力が…w

草野球の話しましたよね?それはきっと楽しくやってると思うけど。
そうするときっと草野球を極めたいと思う。真剣に草野球をやると思う。

少年時代の自分に声をかけるとしたら?

お前契約金、1億円ももらえないよ!
ドラ1の1億は無理でしたから。

甘くないぞ!

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ずっと孤独を感じてプレイしてきた?

現在、全くないです。それとは少し違うかもしれないが、
アメリカにきて外国人になったこと。

アメリカでは僕は外国人。
外国人になったことで人の心お慮ったり痛みを想像したり、
今までなかった自分があらわれた

これは体験しないと自分の中からは生まれない。
孤独を感じて苦しんだこと多々あったが、
その体験は未来の自分にとって大きな支えになると今は思います。

辛いこと、しんどいことから逃げたいと思うのは当然だが、
エネルギーがある元気なときにそれに立ち向かっていく、
そのことは人として重要なことだと感じます。

以上です!!

まとめ

いかがでしたか、

イチロー引退会見の発言について、
全文をまとめてみました。

心に突き刺さる言葉ばかりですね!!

さすがイチロー選手ですね。

引退してもイチロー選手はなんだか変わらなそうで安心しました!

今後はタレントとしてもテレビで活躍するかも
しれませんね!!

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